先日、ランチで食べた激ウマ焼肉♡
真昼間からジュージューして頂くのん
サイコーだわ♡( ̄▽ ̄)ムハ♡
焼肉は週4でもいけるクチです(笑)
タロってデザれるカウンセラー
シバトモです♪
まいどヽ( ・∀・)ノ
最近、なんだかお熱いですね。
ぢんさんところで育児虐待の話。
この記事は子供がいないウチでも
自分の子供の頃も思い出したり
カウンセリングの仕事を
思い出しても興味深い話。
読んだら戻ってくるように(笑)
ウチに子供はいませんが、
カウンセリングで子供との悩みを
お聞きする事もあります。
親の気持ちは計り知れませんが
自分もご相談される人も
昔は子供だったので(笑)、
その視点をまずは思い出してもらいます。
子供や家族の問題も、
結局、問題にしてるその人自身の
問題で、子供や他のことは実はダミー。
あ、この「問題」ってのは、
別にお母さんの育て方が
いい悪いとかの話ではなくて、
子供との間に何か問題があると
思ってる親は、
親自身が自分の親との間で
終わらせてない問題があるという事。
これが、
目の前で問題が次々起こる原因です。
子供の問題も、ダンナの問題も、
なんもかんもそこを直視するための
ものでしかないんすよね実は。
子供を叱る親や、子供を見張る親も、
子供のために自分を犠牲にする親も、
子供のために自分を犠牲にできない親も、
実は親も辛いんだろうなあと
思ったりもしますが、
辛いからって、
子供への虐待が正当化される訳でも
ないんだよなともおもいますし、
だからって虐待が絶対悪とも思わない。
そんなところの正しさの応酬を
してもしょうがないというか、
現実は何にも変わらないんですマジで。
「子育てに対する正しさ」を
一回ボキっと折ってみるような事を
しないことには、新たな視点や価値観は
生まれないし、なにも解決しない。
折らない事には、いま、苦しんでる現実を
作る価値観のまんまなんですよね。
つまりは、現実は繰り返す。
ウチは、心屋に入ってから
オカンと子育てについてとか
親についてとか子供のこととか
当時の自分たちのことで話す機会が
多くなったんですが、
ウチが子供の頃よく怒っていたオカンも、
(酷い時はフルボッコよヤスコさんw)
実はオカンのオカン(おばあちゃん)
との関係から派生して出来た
「正しい母親像」を保てない事への
怒りだったって事もわかってきたし、
それがわかってきた事で、
オカンも自分に怒りが向いていた事も
「正しさ」とかがいかに無意味かって事も
どーでもよくなってきとる感じで、
どーでもよくなるにつれ、
オカンが一番救われているなという
感じが最近ヤスコを見てて感じます。
そういうヤスコを見ていて、
ウチもマジ、救われてます。
親が怒ってフルボッコしたのも、
その後は一転してウチが学校から
帰る時間くらいから夜中まで居なかったのも、
ウチが憎かったり邪魔だったりじゃ
なかったんやってことがわかったし、
自分の生きたいようにさせてもらう事に
何の罪悪感も無くなったし、
逆に、
有り難いとさえ感じるようになって
自分の出来る限りの気遣いは
したいときに出来るようになりました。
↓ヤスコとトモコの親子関係はコチラ↓
(ぢんさんが面白くて深くて長い!とシェアしてくれたやつ)
結局、
ウチとヤスコの親子関係の問題も
心屋の教えに漏れず、
オカン側から見たウチの問題は、
ウチ自身ではなくオカンとおばあちゃん
との問題だったって事でもあり、
ウチから見たオカンの問題は、
オカンが問題だったのではく、
ウチ自身の好き嫌いや正しさの勘違いが
原因だったんですよね。
(前者母子にちょいちょい爆弾を放り込んでたのがド後者オトンwあいつ神だわw)
オカンもウチも、
全ての原因は「娘のため」とか
「親のため」とかの自己犠牲的な
在り方や価値観から問題化してこじれて
話がややこしくなってただけなんすよね。
今、親の人も昔は子供だったわけで、
親が自分の子供に対して行う
扱いや気持ちって、
結局、今の親であるその人が
子供の時の自分の親との関わりが
影響したり投影したりしてるのは、
心理面でも明かな事。
だから、逆にいうと、
自分の子供との間の問題は
問題だと感じれば感じるほど
それを何とかするのを一度やめて、
自分と親との終わらせてない
問題をちゃんと見つめて
対峙していくことで
実は、自分の子供との間の問題は
ダミーだったって気づけるから、
意外とアッサリ解決したり、
解決はしないけど見張る⇒見守るに
変わる事が出来たりするんです。
子供っておそらく、
親が命がけで愛を注ぐ存在だと
思うんですけど、
(少なくとも自分はそうされてきた)
それが正しいということではないと
ウチは思うのです。
愛を注ぎきれなくてもいいと思うんです。
愛を注ぐ具合を正しさで裁いた時に、
自分のことがお留守になりすぎるくらい
愛を注ぎまくって子供を見張ったり、
自分のことを責めずにはいれないくらい
愛を注げなくて子供を見ないようにしたりする。
どっちもカオス(笑)
少なくともウチとヤスコは
この両方を経験して、当時はお互い
心も現実もしんどかったっすねー。
どっちかになってんなー、とか、
なりかけてんなー、とか、
子供のことを全て把握してないと
気が済まないとかな場合は、
子供のことはちょっとほっといて、
自分がまず、楽しく生きる事、
自分がやりたいことをやる事、
親にダメな部分を隠さない事、
こういう事を実行してみると
物凄い心の発見がありますよ。
自分がまず、自分の親に対して、
親不孝だ!と思う事をしてみるんです。
その親不孝だと思ってた事自体が
勘違いだったって気づいて、
親が自分の親から心の自立をする
必要があるんです。
子供が親の言う事を聞かない子
だったりする場合は、
心の自立を子供が見せてくれてる
だけだったりするもんなんですよね。
愛を注ぐ存在を幸せにする事が
自分の幸せではないのです。
自分が不幸な生い立ちだったとして
そうならないように子供に人生の
レールを敷くのが優しさではないのです。
逆に、自分が今の人生が幸せだからと
同じ道を歩ませるのが子供に幸せとは
限らないのです。
これは、
ウチだって人の子供だったんだから
子供側の立場で言い切るぞ(笑)
今、親になってる人だって
自分が子供の時を考えたら
同じでしょう?笑
だから、今、
この瞬間からでもいいから、
自分の親の呪縛から逃れて、
自分の選ぶ楽しさや好みを
自主的に選ぶ道を少しずつ
歩めばいいんですよね。
自分に愛を注ぐからこそ、
他人からの愛も素直に
受け取れるようになるし、
自分以外の愛する人の幸せも
一緒に考えてあげられるように
なるもんなんです。不思議よーこれ。
子供だけに関わらず、
家族や友達いろんなところで
問題がある!って苦しんでる人は、
自分への愛の注ぎ方に
そろそろ本気になってみようか?
って子供や家族を使って
宇宙さんに言われてるんだと思う(笑)
マジで。
こーゆーのんは、
さっさと乗っとかないと
自分も周りも、いつまでも若くはないからね。
後から後悔しても遅いのだ。
(΄◉◞౪◟◉`)笑
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