昨日、友人とfacebookで
まさかの黄レンジャー(笑)
タロってデザれるカウンセラー
シバトモです♪
まいどヽ( ・∀・)ノ
今日は、
セッションでよく出るネタを。
『分かってくれる人にだけ分かってもらえたらいい』
一見、自分軸で生きてるように
見えるこの言葉。
もちろん、
ウチもそう思いますよ。
全員が分かるわけないし(笑)
けど、半面、
分かってくれたら嬉しいとも思うので
自分の出来る限りで伝わるよう
工夫したり、時にはどストレートに
伝えたりします。
あとは野となれ山となれ。
で、
この同じ言葉が
強がりと化す時があるんですよね。
セッション来てこの言葉を
吐く人は大方こっちです。
だって、
ホントにそれでいいなら
悩みにはならないもん(笑)
自分軸でこう在るときと、
強がりと化してるときって、
同じ言葉を吐いたとしても、
目の前の現実は、
月とすっぽんほど違うし
自分のメンタル状態も
これまた月とすっぽんほど
違います。
一見、自分軸な言葉なだけに、
ここに隠れた「強がり」は
ホント見えにくいです。
(自分も他人も)
ウチも昔よくやりました(笑)
よく、この手の言葉で
予防線を張ったし、
奴隷にもなったし、
バッサリ関係切ったりもした(笑)
恥かきたくなくて!笑
傷つきたくなくて!笑
これが勘違いとも気づかなくて!笑
ほんとこれ、巧妙なんす(苦笑)
自分でハラから気づかない限り、
マジ「無自覚」ッス!
無自覚だからこそ、
自分に余裕が無くなったりすると
繰り返す事もあるのがこのたぐい。
なので少しでも気づけるヒントを
ここでも書いておこうと思います。
1回深く気づいていくとね
次からは、だんだん自覚症状が
なんとなーくでも分かってきます。
「自分に対する違和感」として。
では本題。
『分かってくれる人にだけ分かってもらえたらいい』
この言葉が強がりになる時に
隠れている「心の拗ね」は、
独りよがり
です。
自分の「好き」や「世界観」を
表現しきれない劣等感や
自分への罪悪感の裏返し。
表現しきれないってのは、
別にテクニックや知識ではない。
バカと思われそうな事を
アホと思われそうな事を
嫌われそうと思ってる事を
ガッカリされそうな事を
恥ずかしいと思う事を
隠しつつ誤魔化しつつ、
自分の「世界観」や
「好き」を表現しているときに
こういう独りよがりは起こります。
独りよがりは、
自分が周りと「対等」で
居られないときに起こるんです。
自分が相手より「格下」と感じる時は、
独りよがりが起こっている時は、
「嫌い」に対して奴隷に成り下がります。
失敗しないよう、怒られないよう、
細心の注意を払って相手のご機嫌を
損ねないようにして、
自分の機嫌が悪くなり自爆するタイプ。
対等で居られないからなんですよね。
嫌われる・ダメの烙印押されるのが怖くて。
自分が相手より「格上」と感じる時は、
合わない相手を「嫌い」という
価値観を悪用して、
「嫌い=悪」として正当化しようとする。
時には敢えて、その相手に対し
「私はこうだから合わないなら来ないで」
的に突っぱねて結局、寂しくなったり
困ってしまって自爆するタイプ。
これも対等で居られないからです。
「嫌い」が実は「羨ましい」んですよ。
そうなれない自分の悔しさを
感じるのがイヤなんですよ。
だから、相手を悪として
自分を正当化するのでやんす。
早い話、相手を見下してんの(笑)
もっと拗らせツワモノになると、
例えばAさんに対して奴隷根性で
接してるのに、
関係がないBさんにグチをこぼす時は
Aさんに対して上から風味な態度を
さも、自分は取ってる風で盛ったり(笑)
つける薬が見当たりませんよ(笑)
(΄◉◞౪◟◉`)
ま、冗談はさておき、
「劣等感」「罪悪感」の現れ方が
違うだけなんで根っこは同じ
<ダメな自分に×つけてる状態>
○の部分だけ肯定し、
×の部分を否定して引け目を感じる、
引け目を感じるから、
対等目線で人を見れないのです。
ここが独りよがりの元です。
引け目を感じるって
自分を信頼してないって事で、
これ、違う言い方すると、
素晴らしい状態の自分しか信じていないという事です。
そして、
ダメ・失敗、そういう事をする
自分を信じようとしない。
大抵↑こういう人↑って、
自分軸とか自分信じるとかを
勘違いしてんだけど、
両方の自分にOK出していく事で、
OKまでいかなくても
「ま、いっか」で済ませて
自己責めをやめることでようやく
「自分を信じる」「自分軸」ってのは
できあがって来るんですよ。
×の部分が出そうな人や環境や
現実に遭遇したり、
失敗や恥かきそうな時に出る、
『分かってくれる人にだけ分かってもらえたらいい』
という言葉はホント強がりです。
『分かってくれる人にだけ分かってもらえたらいい』
という言葉の下に、
『自分が失敗しないで済む』
『自分の失敗をゆるしてくれそう』
という「無難な」人や環境を
選ぼうとしている現れで、
言い換えると、
『自分が失敗したら嫌われそう』
『自分の失敗をゆるしてくれなさそう』
つまり「有難な(造語)」
人や環境を避けている
という事でもあります。
「有り難う」という字の由来ググレカス
(΄◉◞౪◟◉`)
読んで字の如くだが。
結局、独りよがり状態での
『分かってくれる人にだけ分かってもらえたらいい』
という言葉は、
選んでいるようで、
選んでいないのだ。
都合悪い人や環境を
避けているだけなのだ。
そして、
選ばれない自分を責めている。
独りよがりな強がりは、
自分の世界を
自ら狭めているのです。
広いのがいいとかそういうんじゃない。
狭くても心地いいならそれでいい。
けど、
独りよがりなときは、
そうでは無いハズ。
『分かってくれる人だけ…』的に
物事を選べば選ぶほど、
心のモヤモヤは濃くなるハズです。
『分かってくれる人に分かってもらえたらいい』という言葉に逃げてるから、
今その状態なんだろ?
そこが不満なんだろ?
不満を自分軸風味で誤魔化すでないわ。
(΄◉◞౪◟◉`)
上記、ここまで読んでみて、
心当たりがあるけど
実際どうしたらいいのか
まだわからない人は(笑)、
恥をかくと思う部分、
ダサい思いをすると思う部分、
ガッカリされそうと思う部分、
こんな自分を出し切った
体験をしていないからです。
あきらめてちゃんと死んでないんです(笑)
別に理解力が無いとかそういう類
ではありません。ご安心を。
強がりって、
余裕がなくなるとつい
繰り返してしまいがち。
繰り返しても気づいて元に戻りゃー
いい話なんだけど
なんせ知らんまに強がってたりするし、
自分で「強がりの自覚症状」が
何となくでもわかるようになるには
ちゃーんと1回死なないと、
深いところの気づきもないし
そこを体験しない事には
自覚症状も分かりませんので、
どうしても自分の軸を作って
心を気楽に生きたいのでしたら、
一回ウチのところへ死にに会いに来るように。
ヽ( ・∀・)ノ笑
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